婚活小説 『高慢と偏見』

普段はあまり「ラブストーリー」と銘打たれたものに食指が伸びない。嫌いなのではなく、自分にはその魅力やおもしろさがよくわからず、大抵楽しめないからである。『高慢と偏見』なんか「世界文学屈指のラブストーリー」と背表紙に書かれているくらいでとて…

向こう側にウサギは何を見たのか 『真昼のプリニウス』

「見た目はチワワで、中身はドーベルマン」というのか、けっこう過激な小説だ。 『千の顔をもつ英雄』のエントリーで「今の人には物語が足りないんじゃないか」という話をちらっとしたけど、この小説はこれに正面からぶつかってくる。「反対だよ。何でもかん…

物理学的に言うと、神は変幻自在のギャンブラー也 『物理学と神』

文型だったおれの理系アレルギーをふっ飛ばしてくれた一冊。 近代科学はヨーロッパで芽を出した。当時のキリスト教徒たちは神から2つの“書物”を与えられていると考えていた。その一つは、言わずと知れた聖書である。もう一つは、“自然”。近代科学はその自然…

自然はどこに?/サンタクロースの落し物 『灰色の輝ける贈り物』『冬の犬』

自然が遠くなった。とぼやく人がときどきいるけれど、その“自然”ってなんだろう。 2・3ヶ月前の早朝、といっても冬だったのでまだ薄暗い明け方、犬の散歩に出かけたときのこと。近くの線路の下にある小さなトンネルをくぐるとき、突然、犬が何かに喰らいつ…

天秤と風船 (’02年末の彼の地 『イラクの小さな橋を渡って』)

「大量破壊兵器の保有」を口実にイラク侵攻が行われたのは、2003年。あの侵攻であっという間にフセイン政権は崩壊したがその後、現在あの国がどういう状況になっているのか知っている日本人はどれくらいいるだろう。というかイラクがどこにあるのか、わ…

『第四間氷期』 再読―断絶した未来

雰囲気や成り行きで、ある男女がセックスする。小説を読んでいるとそういうことはよくあって、ゴム持ってたの?とか、病気こわくないの?とか思ったりもするが、ともかくその結果、受精したとする。そのとき問題に成りうるのが「子どもを生むか生まないか」…

主役に生物、舞台は地球 『種の起源』

「科学の世紀」と呼ばれる20世紀をそっくり飛び越え、さらに50年遡った今から150年前、ダーウィンが『種の起源』を出版した。科学の様相は刻一刻と変わってゆく。ほんの20〜30年前の著作でも今ではまったく通用しなくなっていることも多々ある。では、科学の…

被災地や避難所の人たちに手渡したい本

「この人の手にかけられたために恐くてなにも書けなくなる、なんて人もいるんじゃないか」 これは、はじめて斎藤美奈子の著作(『読者は踊る』)を読んだときに思ったこと。彼女は辛口文芸評論家として有名だが、遠慮や媚びがないから「辛口」のように思える…

黒?いやいや、夢幻色 『黒檀』

アフリカのことをほとんど知らないから、いや、だからこそ、読みたいルポルタージュ文学。 知り合いには、ブルキナファソへ海外青年協力隊として派遣されたり、紛争地帯などでボランティアの医師として活動している人がいる。その人たちを通して、アフリカの…

英雄とは“あなた”のことだ 『千の顔をもつ英雄』

少し前に、ふと思ったことがあった。いま日本で生きている人には、人生という大きな枠で考えたときにいま自分がどの辺りにいるのか、照らし合わせてみることのできるような“物語”が欠けているんじゃないかと。だから、たとえば、おれと同年代のいわゆる若年…

ただ生きたいと思う、その気持ち 『コーカサスの金色の雲』

重い内容だけど重苦しくない、生きいきとした小説だ。一度読んだらクジミン兄弟やアルフズールを忘れられない。 おれはまだ、食べものを求めてさまよい歩く、といったようなひもじい思いをしたことはない。生まれてからこのかた、あるいは物心ついた頃からず…

トニオのもう一つの答え 『トニオ・クレーゲル』

文学に限らず諸芸術・各種エンタメ、もしくは仕事や勉強など、必ずしも分量や時間で量ることのできるものではない。たとえば小説なら、長いわりになにも残らないこともあれば、短いけども一度触れるとどこまでも憑いてくるようなものもある。 ある種の人にと…